近年、誤嚥性肺炎の予防や経口摂取を維持する為に口腔ケアを行うことの重要性が認識されております。お口の中には、およそ700種の細菌が住んでいることが知られています。その細菌は、生体を守る働きをする性質の良い細菌から病気の原因になる性質の悪い細菌まで多種多様です。これらの細菌の繁殖の特徴として、お口がきれいな時は性質の良い細菌が多く、歯磨きを行わずお口が汚れてくるに従って、性質の悪い細菌が繁殖して参ります。これらの悪い性質の細菌が増えることは、むし歯や歯周病など歯に関する疾病を引き起こすのみではなく、糖尿病や動脈硬化などの生活習慣病に関連することが、近年の研究で明らかになっております。
終末期医療における口腔ケアは、食事を味わうため、会話を楽しむため重要なケアです。東北大学病院緩和医療科で行ったアンケート調査では、口腔ケアの行い方、口腔乾燥、口の痛みといった悩み事を抱えている方が多いことが分かりました。これらの口腔にあらわれる疾患や症状は、会話や食べるといった口腔機能の低下を引き起こし、結果としてQOLを著しくて低下させてしまいます。終末期の口腔ケアでは、これらの機能低下を抑制し、家族や知人との会話や食事などの時間をとれる口腔機能を維持することが主たる目的となります。
終末期の口腔ケアで我々が心がけていることは、1)口腔が乾燥しないように、2)負担にならない範囲でお口の汚れをとり、3)むし歯や歯周病など、歯牙の状態や入れ歯の状態を確認致します。このように、終末期医療では歯科が行える役割が少なからずあります。ここからは、上記の取り組みについてご説明致します。
1) 口腔乾燥
お口は通常唾液で潤っています。しかしながら、「死に水を取る」という言葉が示す通り、終末期においてお口は乾燥を示して参ります。お口の乾燥に対して、様々な口腔ケアの方法がありますが、我々が推奨している方法は、スポンジブラシにお茶等お好きな飲み物を含ませて、良くしぼってからスポンジで舌の上や下顎の歯の内側を湿らせて挙げる方法や、スポンジに市販の口腔保湿剤を含ませて、舌の上や頬粘膜などに塗って行く方法です。
2) お口の汚れ
お口から食べなくなると、自浄効果がなくなるため通常汚れが増してきます。その上、口腔乾燥が強くなるとその汚れが歯の表面や粘膜の表面に硬い膜となってしまう為、取り除くことが困難となります。これらの硬くなった汚れについては、仙台の言葉でいう「うるかす」つまり「ふやかす」ことが大切です。硬いまま無理に剥がしますと、痛みを伴い、また粘膜を傷つけることがあるため不快になり、結果として次回の口腔ケアからお口を触れあせて頂けないことがあります。「うるかす」為には、上述の保湿剤を塗ってしばらく待つこともあります。保湿剤が手に入らないときは、適温のお湯を不織布ガーゼにしみ込ませ、水分を誤嚥しないように良く絞ってから、汚れが目立つところにガーゼをのせておくといった方法があります。
3) 歯牙や入れ歯の確認
入院中、施設への入所、もしくは在宅での療養など、歯科医院へ通院出来ない状況が考えられます。その間、むし歯や歯周病が悪化して痛みを伴っている場合もあります。また、入れ歯が合わずお食事や会話がうまく出来ない場合もあります。しかしながら、そのことを周囲にうまく伝えられず、若しくはご自身で我慢されていることも少なくないと思っております。現在では歯科が在宅に伺う制度も整って来ておりますので、かかりつけ医の歯科医院や歯科医師会等にご相談頂ければと思います。
我々歯科医師、歯科衛生士、歯科技工士もお口の機能をサポートすることで終末期におけるQOLの維持に貢献して参りたいと考えております。是非、普段から相談の出来るかかりつけ歯科医院をお持ちになって、いざという時にご活用頂ければ幸いです。