1973年、日本で初めてのホスピスプログラムをスタートさせてから45年が経過する。その間、約2500名の患者さんを看取った。その経験から、ターミナルケアの三大要素は1)症状のコントロール、2)コミュニケーション、 3)家族のケア であると思う。
1)症状のコントロール
ターミナルケアにおいて最も重要な要素の一つが症状のコントロールである。ターミナルケアの最終目標は、その人がその人らしい生を全うするのを援助することである。そのためには、例えば、痛みがうまくコントロールされなくて、患者が一日中痛みと闘うだけで日が暮れてしまうというようなことであってはならない。症状のコントロールというと、ただ単に身体的な症状のコントロールだけを考えがちであるが、その他に精神的、社会的、霊的な痛みのコントロールも必要である。これまでの医学の流れとして、たとえ直らなくとも、すこしでも延命するのが医師の務めであるという考え方が強く、極端になると、すこしぐらい苦しんでも、長生きできればいいではないかという考えになる。もちろん患者自身がそう考えるのであればそれでいいのであるが、医療側の一方的な考えだけで事が進むのは問題である。多くの患者や家族と接していて感じるのは、たとえ少しぐらい命が短くなっても、まず苦痛をとってほしいと望む場合が多いと言うことである。患者や家族が何を望んでいるかをまず知る努力を医療者側がするというのが基本であろう。
2)コミュニケーション
病院で死を迎えた患者の家族へのアンケート調査によると、家族が医師に最も強く望むのは患者や家族との十分なコミュニケーションであった。一般病棟では医師は多忙で、患者や家族のために病状の説明のための時間をとることがかなり難しい。さらに、死が近い患者にどのように接したらよいか、わからずに患者を無意識に避ける場合もある。しかし、末期の患者は医師とのコミュニケーションを切望しているので、医師は患者から逃げ出さないで、しっかりと、関わることを心掛ける必要がある。
<末期医療におけるコミュニケーションのもち方>
末期患者も、「今を生きている」のであるから、基本的には一般の患者とのコミュニケーションの留意点はそのまま末期患者にもあてはまる。しかし、「死が切迫している」という特殊性に基づいたコミュニケーションの仕方も考慮しなければならない。
a)言語化を促す
強い不安を持っている患者は、自分の気持ちや疑問点を言語化することに困難を感じる場合が多い。時には、「今どんな気持ちですか?」と答えを強制するようなニュアンスを避けながら尋ねることもよい。また、診察の終りに、「今何か尋ねたいことはありませんか?」と質問を促すような言葉かけも大切である。質問はしたいが質問するのが少し恐いという複雑な心境にいる患者の場合、質問を促すことによって、良いコミュニケーションがとれるようになる場合がある。またこちら側が、患者は当然理解しているだろうと思っていたことが、理解されていなかったとわかる場合もある
b)非言語的コミュニケーション
患者の衰弱あすすむと言語的コミュニケーションが困難になる。そのような時期にはてを握る、髪をなでる、じっとそばに居る といった非言語的コミュニケーションが重要になる。つとめて明るく振舞い、笑顔でやさしく接することも大切である。ゆううつそうで、口数も少なく、誰とも話しをしたくなさそうな患者でも、何らかのコミュニケーションを求めているのだということを医療者は知っておかなければならない。何かすることではなく、そこに存在すること(Not doing 、 but being)が大切なのである。
3)家族のケア
ターミナルケアにおいては、患者と家族を引き離さずに一つの単位としてケアしていくことが大切である。残り少ない命を生きている患者のケアが重要なのはもちろんであるが、患者を失おうとしている家族のケアにも十分気を配る必要がある。家族のケアのポイントは次の二点にしぼられる。
1)家族が十分に悲しみを表現出来るように援助する
家族が患者の死を予期して悲しむことを予期悲嘆と呼ぶ。十分な予期悲嘆をすることができた家族は患者の死後立ち直りが早い。逆に悲しみを十分表出出来なかった家族は患者の死後、悲しみを引きずり、なかなか普段の生活に戻れない。ケアの基本は、スタッフが家族に対して、家族が悲しみを表現してもよいのだと思えるような態度で接することである。次に大切なのは家族が十分泣けるような場所を提供することである。家族は患者の前では泣けないので、プライバシーが保てる静かな部屋が必要になる。
2)患者の死を受容出来るように援助する
家族が患者の死を受け入れることができるかどうかは多くの要素に支配される。例えば、患者の年齢、患者と家族のこれまでの関係、患者の苦痛の程度などによって家族の受容に差が出てくる。我々スタッフが出来ることは、家族が不安にならないように注意しながら、患者の病状について、されに残時間が短いことを丁寧に、情を込めて説明をすることである。