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        第128回「生と死のセミナー」

   「森は海の恋人・人の心に木を植える」
          〜 牡蠣が教えてくれたこと 〜

            畠 山 重 篤 氏
                    NPO法人「森は海の恋人」代表

 

 牡蠣をつくり続けて今年で丁度50年を迎えました。私は牡蠣からすべてを学びました。
 長年自然と対峙してきてさまざまなことを体験してきましたが、東日本大震災との遭遇はもちろん桁外れの出来事でした。

 あまりにも多くの方々が亡くなり、その修羅場にも立ち会いました。母が気仙沼市の鹿折川河口近くに建つ福祉施設にお世話になっていて被災したのです。
 3月11日当日は
道が津波で寸断され行くことはできませんでした。翌日も海は川のように動いていましたが合間を縫って駆けつけました。
 建物はしっかりしていましたが二階の窓が破れているのが見えました。母の部屋は二階だったのです。東京消防庁の方々が生存者を車いすで運んでいました。運の強い人だからもしかすると助かったかも知れないと施設の職員に問うてみましたら、残念です、と頭を下げられました。
 一目対面せねばと話してみますと、立入禁止ですと告げられました。その話を聞いていた消防庁の方が、そのような事情であればと許可してくれたのです。


 息子を同行していましたが、私たちが最初に現場にはいったようです。150人生活していましたが半数の方がベッドに横たわっていました。
 床は泥まみれで窓ガラスが飛び散っています。顔には白布がかかっていますからそれをめくってたしかめなければならないのです。
 顔見知りの人とも出会いました。なんという凄惨な現場でしょう。
 やがて息子が、この靴おばあちゃんのだ、見覚えがあると言いました。白布をめくる手が震えました。寒い思いをさせてしまい、さぞ苦しい顔をしていることと思ったのです。
 しかし、柔和な顔をしていたのでホッとしました。
 ペットボトルの水でタオルを濡らし顔の泥を拭いてやりました。息子が椿の花柄のてぬぐいをかけてあげました。母は椿が大好きだったのです。
 その後小学校の体育館が遺体置場となりましたが、どこの体育館も遺体でいっぱいです。
 近代文明を謳歌し平和な日本でこんなことが起こるのです。
 悲しみに打ちひしがれながらも思考を冷静に保てたのは、”人間も自然の一部に過ぎない”ことをいつも感じていたからです。
 特にこの20年間学んだことは、人間も食物連鎖の中の生物の一つに過ぎないということです。


 46億年前地球が誕生しました。10億年ほど経って、海の中に植物の元素が生まれたのです。「シアノバクテリア」と呼ばれるものです。シアノバクテリアは光合成を開始しました。大気のほとんどは二酸化炭素(炭酸ガス)です。これを太陽光の力を借りて、炭素と酸素に分けたのです。炭素は植物の体となり酸素は水中に放出しました。海の中の酸素濃度が濃くなってきました。
 やがて酸素で呼吸する動物が生まれたのです。動物は植物を餌にしました。海中の酸素は大気中に放出された太陽光の影響でオゾン層がつくられたのです。有害なる紫外線がオゾン層でカットされると、海の生物が陸上に上がれるようになりました。その延長線上に人間があります。植物が生まれなければ酸素もエサもありません。植物の光合成こそが出発点です。
 実は植物の成長に可欠な成分は鉄です。この太陽系の中で最高の成分は鉄なのです。地球の3分の1は鉄分です。オーストラリアの世界遺産シャーク湾を訪れ、シアノバクテリアの固まり”ストロマトライト”をこの眼で確かめました。太陽系、地球の歴史を知ると死の問題も少し軽くなる気がしてなりません。




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リーフレットはこちらから ダウンロードできます↓
遺族の会 ふれあい
ホスピス 110番
仙台ターミナルケアを考える会