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          第144回「生と死のセミナー」
    

 
  「がん治療が激変する時代のターミナルケアを考える

               井上 彰 氏
                 

          東北大学大学院医学系研究科緩和医療学分野 教授
           

 

先ず始めに、本会が設立当初から一般市民の方々に終末期医療(ターミナルケア)に関する普及啓発活動を行ってきた実績に改めて敬意を表します。今から30年以上前に乳がんに罹患された千葉敦子さんの闘病記「よく死ぬことは、よく生きることだ」にも示されているように、穏やかな最期が保証されてこそ、それまでの生を充実して過ごすことが出来るからです。一方、昨今世界的にターミナルケアを含む「緩和ケア」は、がん治療の早期から取り入れるのが有用とされ、「全人的苦痛」と呼ばれる患者さん・ご家族が抱える様々な辛さに各領域の専門家が「チーム医療」で対処すべきとされています。例えば、発病初期から強い痛みで体調を崩された患者さんは、症状が和らぐことで体調が回復して十分な抗がん治療が受けられるようになりますし、抗がん治療中に生じる吐き気などの副作用への対処も緩和ケアの一環です。

 さらに、近年は分子標的薬や免疫療法など抗がん治療の進歩が目覚ましく、一部の分子標的薬では寝たきりに近いほど体調が落ちた患者さんを劇的に改善させるような効果すら示されています。ノーベル賞を受賞した「免疫チェックポイント阻害剤」は、従来治ることはないとされていた進行肺がんでも、2割程度の患者さんに「治癒」に相当するほどの長期生存をもたらしています。ただ、逆に考えれば大半の患者さんは最終的には命を落としているわけで、それらの新薬は決して「夢の薬」でもなければ、「必ず受けなければいけない治療」ではありません(少数ながら薬の副作用で命を落とす方もいます)。他のがん治療についても、いわゆる「標準療法」を超えてまで受け続けるメリットは乏しく、「体調に合わせて無理をしない」のが基本です。インターネットサイトや広告では「がんが治る」と謳うインチキ療法(「免疫療法」と名乗っていても国が認めた先述の治療薬とは全く別物)が氾濫していますが、冷静さを失いがちな当事者を是非周囲が支えてあげて欲しいものです。重要なのは、患者さんがご自身の「治療の目的」を主治医と共有することであり(患者と医師とで目指すところが食い違っていることが非常に多いので)、場合によっては「セカンドオピニオン」として他の専門家から意見を聞くことも有用です。

 「人は必ず死ぬ」と誰でも頭で理解していながら、先述のように無理をしてでも死を遠ざけようとする背景には「(特にがんの場合)死に至る過程が壮絶」であると報道するマスメディア等の影響も大きいと思われます。この点については、適切な緩和ケアを受ければ(全く苦しまないとは言えないものの)「壮絶な闘病」にはならないと断言させていただきます。先述の千葉さんの書でも「死を封じ込めようとする行為」を日本人にありがちな問題点として挙げています。昨今「安楽死の法律化」に関する議論が盛んですが、終末期の苦痛を適切な緩和ケアで十分に和らげつつ自然な死を待つ「尊厳死」が既に実践されている現状を知らないまま、元気な方を致死量の薬剤で死に至らしめる「狭義の安楽死」の必要性を語っている方が多いように思います。3人に1人はがんで亡くなる時代、「自分にも十分あり得ること」として日頃から「がんで亡くなる」状況を想定しておくことは重要と思います。

緩和ケアに関する「誤解」も未だ多いので、私たち専門家は正しい情報の普及に力を入れています。医療用麻薬は適切に用いれば非常に優れた鎮痛剤であり、命を縮めたり、中毒(依存)を引き起こしたりすることはありません。時に亡くなった患者さんのご遺族が「麻薬のせいでおかしくなった」と誤解されていることがありますが、多くは「せん妄」と呼ばれる脳の機能障害のためであり、がんに限らず衰弱が進んだ患者さんでは非常に多くみられる症状です(当時の医療者が十分に説明していなかったものと思われます)。食欲が落ちた患者さんに「点滴」をしても有効には活用されず、むしろ痰が増えたりむくみを生じたりして辛さが増します。そして、ほとんどの場合、ターミナルケアは在宅診療で十分対処可能であり、必ずしも病院に入院する必要はありません。近年国も普及を進めている「アドバンス・ケア・プランニング(人生会議)」とは、患者さんとご家族・医療者が望ましい終末期について十分話し合うことであり、比較的体調が良い時期から準備しておくことで「その時」を安心して迎えることができます。そのような療養方針の調整についても、私たち緩和ケアの専門家は対応に長けておりますので、是非ご活用いただければ幸いです。

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リーフレットはこちらから ダウンロードできます↓
遺族の会 ふれあい
ホスピス 110番
    仙台ターミナルケアを考える会